簡易宿所とは何か — ホテル・旅館・民泊新法との違い
私たちが運営している物件は、ほとんどが旅館業法の「簡易宿所」の許可で動いています。「簡易宿所って民泊のことですよね?」「ホテルと何が違うんですか?」とよく聞かれるのですが、正直なところ、この線引きはもともと曖昧です。しかも福岡市では、制度の設計上、簡易宿所と旅館・ホテル営業の差がさらに狭くなっています。この記事では、厚生労働省と福岡市の一次資料をもとに、その違いと「どちらで許可を取るか」の判断を整理します。2026年9月時点の情報です。
SUMMARYこの記事で分かること
- 簡易宿所は旅館業法の「許可」の一種で、民泊新法(届出・180日上限)とは別の制度。旅館・ホテル営業との法律上の違いは「定員の数え方」と「フロントの規定」の2つだけ
- 福岡市では「10分で駆けつけられる管理事務所」がどちらの営業にも使えるので、フロントの差は実務上消える
- 新築や工事を伴う計画では、旅館・ホテル営業だけに市の事前協議(約2か月)が要る。戸建て1棟なら簡易宿所で取るのが実務的
まず整理:簡易宿所・ホテル・民泊の関係

簡易宿所と旅館・ホテル営業はどちらも旅館業法の許可で、民泊新法(住宅宿泊事業法)は別の法律の届出です。
| 項目 | 簡易宿所営業 | 旅館・ホテル営業 | 民泊新法(住宅宿泊事業) |
|---|---|---|---|
| 根拠法・手続き | 旅館業法・保健所の許可 | 旅館業法・保健所の許可 | 住宅宿泊事業法・都道府県等への届出 |
| 年間営業日数 | 制限なし | 制限なし | 180日以内 |
| 法律上の定義 | 宿泊する場所を多数人で共用する構造・設備を主とする施設 | 簡易宿所・下宿以外の宿泊営業 | 住宅に人を宿泊させる事業 |
| 主な例 | ゲストハウス、カプセルホテル、一棟貸しの戸建て、民泊物件 | ホテル、旅館 | 自宅の一部や投資用マンションの届出住宅 |
| 用途地域 | 住居専用地域は不可 | 住居専用地域は不可 | 住宅扱い。住居専用地域でも可(条例で制限あり) |
| 家主不在時 | 自治体基準の駆けつけ体制 | 同左(フロントの代替) | 住宅宿泊管理業者への委託が義務 |
| 福岡市の手数料 | 22,000円 | 22,000円 | 届出は無料(窓口は福岡県) |
365日売れる代わりに許可のハードルが高いのが旅館業法、始めやすい代わりに180日で頭打ちなのが民泊新法、という関係です。「簡易宿所=民泊」ではありません。
「多数人で共用する構造」と聞くとドミトリーを想像しますが、実務上は、一棟貸しの戸建てやマンションの1室を丸ごと貸す形も簡易宿所として許可されています。1グループのゲストが浴室やトイレを共用する、という読み方です。逆に言えば、同じ戸建てを旅館・ホテル営業で申請することも制度上は可能で、ここが「違いが分かりにくい」と言われる理由です。以下では、この2つの違いに絞って見ていきます。
補足として、旅館業法にはもう1つ「下宿営業」(1か月以上の期間単位で宿泊させる営業)があり、2018年6月の法改正で「ホテル営業」と「旅館営業」が「旅館・ホテル営業」に統合されました。このとき、ホテルは10室以上・旅館は5室以上という最低客室数の要件も廃止され、現在は1室でも旅館・ホテル営業の許可が取れます。
簡易宿所と旅館・ホテル営業は何が違うのか
同じ旅館業法の許可ですが、政令の基準を並べて違いが出るのは、定員の数え方と玄関帳場の扱いくらいです。
| 項目 | 簡易宿所営業 | 旅館・ホテル営業 |
|---|---|---|
| 客室面積と定員 | 客室の合計で33㎡以上。10人未満なら「3.3㎡×宿泊者数」以上 | 1室7㎡以上(寝台を置く客室は9㎡以上)。定員は部屋ごとに見る |
| 玄関帳場(フロント) | 政令に規定なし。条例で求める自治体あり | 必須。ICT設備で代替可 |
| 最低客室数 | なし | なし(2018年に廃止) |
違い1:定員の数え方
簡易宿所の「3.3㎡×人数」は2016年3月の政令改正で追加されたもので、小さな物件でも許可を取りやすくする民泊対応の緩和でした。宿泊者6人で申請するなら客室は19.8㎡以上で足ります。旅館・ホテル営業は1室ごとの面積で見るので、7㎡台の小部屋が3つある戸建てを「定員8人」で売りたい、というときは簡易宿所のほうが素直に通ります。私たちの物件の多くが簡易宿所なのは、この定員の数え方が理由です。
違い2:フロントの規定
政令上、旅館・ホテル営業には玄関帳場が必須ですが、簡易宿所には帳場の規定がそもそもありません。ただしこの差は、次の章で見るとおり福岡市ではほぼ消えます。
共通:建築基準法と消防法の要件は同じ
一方、建築基準法と消防法の上では、簡易宿所もホテル・旅館と同じ扱いです。住居専用地域では営業できず、延べ面積200㎡を超える用途変更には確認申請が必要で、消防法上は宿泊施設として自動火災報知設備や誘導灯が求められます。「簡易」という名前ですが、建物側の要件はホテルと変わりません。
福岡市では、何が変わるのか
福岡市に来ると、上の「違い2」が実務上なくなります。鍵になるのが「管理事務所」方式です。
福岡市の条例は簡易宿所にも帳場を求めていますが、営業施設へ10分以内に到達できる範囲に「管理事務所」を置けば不要になります。審査は実測距離と移動手段で行われ、目安は徒歩80m/分、自転車180m/分、バイク・自動車250m/分。自動車なら約2.5km圏内が10分の範囲です。宿泊者がいる間は管理事務所に従業者を置き、ビデオカメラで本人確認をし、各客室に通話機器と多言語の安全マニュアルを備えることが条件になります。
この管理事務所の仕組みは簡易宿所だけのものではなく、旅館・ホテル営業のフロント代替(ICT設備)としても同じ条件で使えます。福岡市で2つの許可を分けるものは、実務上、定員の数え方くらいしか残りません。
POINT事務所1か所で、点在する物件を無人運営できる
2016年12月施行の条例改正で、福岡市は「住居との混在禁止」にただし書きを設け、マンションの1室や戸建てでの簡易宿所を可能にしました。あわせて管理事務所方式を認めたので、市内に事務所を1か所置けば、点在する複数の物件を無人で運営できます。私たちが多くの物件を少人数で回せているのは、この2つの制度設計があるからです。
なお「10分で駆けつけ」は法律の条文ではなく、厚生労働省の衛生等管理要領(局長通知)が2017年12月に改正され「おおむね10分程度で職員等が駆けつけることができる体制をとることが望ましい」と書かれたのが出所です。線引きは自治体に任されていて、東京都は徒歩・自転車・車で10分程度、台東区は営業従事者の常駐を求めるなど、地域によってかなり違います。福岡市はその中でも、車での駆けつけを認める緩やかな運用です。
新築・工事を伴う場合は、手続きの違いにも注意
福岡市には、旅館業法の許可とは別に、もう1つ判断材料があります。市の「旅館等設置規制指導要綱」(こども未来局所管)です。
旅館・ホテル営業の施設を建築、大規模修繕、大規模模様替、または用途変更する場合は、建築確認や営業許可の申請の前に、この要綱による事前協議が必要です。現地に標識を立てて周辺住民や町内会長に計画を説明し、標識設置から30日経ってから協議書を出し、市長の判定を待つ、という流れで、市の案内では計画の公開から協議完了まで約2か月かかります。
この要綱は、簡易宿所と民泊新法の届出住宅を対象外としています。既存の建物を工事なしで旅館・ホテルにする場合も対象外です。この協議が効いてくるのは、新築か、工事を伴う用途変更のときに限られます。
POINT新築の戸建てなら簡易宿所が早い
新築や工事を伴う計画で旅館・ホテル営業を選ぶと、こども未来局との事前協議で約2か月、標識設置と近隣説明の手間が上乗せされます。簡易宿所ならこの手続きがありません。定員の数え方でも簡易宿所のほうが有利なことが多いので、戸建てを新築して1棟貸しにするなら、迷わず簡易宿所で申請するのが実務的です。
この要綱とは別に、旅館業法には「学校や保育園などの敷地からおおむね100m以内」の施設について、保健所が関係機関に意見を照会する仕組みがあります。こちらは簡易宿所にも適用されるので、近くに学校や保育園がある物件は、どちらの許可でも通常より日数がかかります。
結論:福岡市でどちらの許可を選ぶか
戸建て1棟であれば、福岡市ではどちらの許可も現実的です。分かれ目は、売り方と工事の有無です。
| 物件・売り方 | 向いている許可 | 理由 |
|---|---|---|
| 1棟を1グループに貸し、定員を人数で確保したい | 簡易宿所 | 定員を客室の合計面積÷3.3㎡で数えられる |
| 各室に浴室・トイレがあり、部屋ごとに別のゲストへ売る | 旅館・ホテル営業 | 保健所が「共用構造」とみなさない場合がある |
| 「ホテル」と名乗りたい、OTAのカテゴリをホテルにしたい | 旅館・ホテル営業 | 名称・カテゴリの扱い |
| 新築、または工事を伴う用途変更 | 簡易宿所 | 指導要綱の事前協議(約2か月)が不要 |
どちらで審査されるかは、最終的に管轄の保健所(区の衛生課)の判断です。判断が分かれる余地がある論点なので、図面が固まる前の事前相談で、次の点を確認しておくと手戻りがありません。
- 想定する定員と客室の合計面積(3.3㎡×人数を満たすか)
- 浴室・トイレの共用の形(1グループ貸しか、部屋ごとの販売か)
- 管理事務所の場所と、物件までの実測距離・移動手段
- 新築・工事の有無(指導要綱の事前協議が要るか)
- 半径100m以内の学校・保育園などの有無
補足:簡易宿所は増えている

厚生労働省の衛生行政報告例によると、全国の簡易宿所は2017年度末の32,451施設から2024年度末には44,901施設へ増えました。2024年度だけで7.1%増で、旅館・ホテル(3.7%増)より伸びています。民泊新法の届出住宅が180日の壁にぶつかる中で、365日営業できる簡易宿所へ流れている、と読める数字です。
参考にした主な一次資料:旅館業法(e-Gov)、旅館業法施行令(e-Gov)、厚生労働省 簡易宿所営業に係る玄関帳場等の規制について(規制改革推進会議 2024年4月)、福岡市 旅館業法に基づく許可申請及び運営の手引き(2026年6月版)、福岡市 旅館等設置規制指導要綱について、厚生労働省 衛生行政報告例 令和6年度



